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常識を超えれば夢は叶う: 問いかけ、気づかせ、導くコーチング [子育て]

なでしこジャパンの大儀見優季、永里亜紗乃、Jリーガーの永里源気の父親、永里正彦さんが、自らの子育て経験を語りながら、親が子どもから学んでいることを「意識」「自覚」「喜ぶ」ために書いた本。
現代は情報があふれている時代で、これまでは標準的な・共通的なマニュアルを重視してきたが、これからは自分自身の深い考察と皇道を試す勇気をもちあわせながら、独自の力で自己表現する個をそだてないといけない。競争ではなく、創造するための行動や経験から生まれるプロセスを各人が作り上げる時代がきている。
常識にとらわれず高みをめざしてほしい。
学び続ける家族でいてほしい。
自分の本も永里オリジナル、あくまで一つの例ととらえてほしい。
そして誰にでも可能性があることを確信してほしい。

長男には、赤ん坊のころから近くに質感の違うボールをおいていた。ボール遊びのころから運動能力をみせていた。当時は自分もやっていたゴルフをやらせようと思っていた。
東京と品川区の借家から、子育て環境のよい厚木の社宅に移り住んだ。子どもは3人いれば親がそれほどかかわらなくても自分たちで決める体験ができると3人を望んでいて、厚木で3人目が生まれた。
妻の美智子さんが3人を朝晩者宅前の公園で遊ばせていた。
厚木市は少年サッカーがさかんで、長男は年長からサッカーをはじめた。
サッカーは継続的な努力をしないと上達しないことに魅力を感じていた。さらに世界で2億人がプレーしている世界的なスポーツであることも視野を広く持てると思って気に入ったという。世界を見据えてという意味では長女が海外リーグにいったことは、ひとつの必然。

家族には集まれる空間が必要。その空間を工夫して、家族の共通理解や共通認識を目から耳からいれることが重要。筆者の家ではカレンダーの裏に「精力善用」「自他共栄」と漢字がよめないころから書いていた。
必然と思えるような善い結果を生み出すには、何がおきても親子ともども受け入れられる覚悟をもっていることが重要。長男のプロ生活は波乱にとんでいたが、試練を偶然ではなく必然と考えることで、すべてよくなったと思う。心が鍛えらえた。

筆者は高みをめざすために家族に多くのものを要求する厳しい父親だったようで、その言動が本当によいものかは悩みながらも突き進み。妻は要求にこたえつつも、家族の調整役をつとめてくれて、それで崩壊しないですんだと振り返る。
ぶつかり合いもあったが、建前より本音で、いいことわることを追及し、よいことのなかにも悪いことはあり、悪いことのなかにもよいことはあり、自分をみつめるとで相手を受け入れる。お互いが最善を思考することでしか自他はなりたたない。
スポーツという弱肉強食の世界で、自分の価値を明確にしめさなければ、他人との共栄はできない。
競争の中でも他人と比較することなく自らを創造する意識を持つ。

子ども3人がお世話になった読売日本サッカークラブのこと。
ご縁があったのは美智子さんの引き寄せ。
ハガキ一枚でピアノをひきあて、中学までピアノ教室にかよったこと。
なにか難しいことをなりたたせようとしたら常識が立ちふさがる。それに屈するか立ち向かうか。私たちは立ち向かってきて、ときにはそこまでやらなくてもといわれてきたが、今では「ここまでこうしたからこうなった」と言い切れる。常識を超えた実感には心理がある。

関わり方の二重性。父親とコーチ。矛盾も感じていたが、娘から認められて、心が安らいだという。「厳しさのなかにこそ真の優しさがある」を信じ切ることで乗り越えられる。
「常に考えさせる」行為は「高みに導く」ためには避けては通れない。その信念もいまでは子どもたちのインタビューなどを読むと通じていたようでほっとしている。

子どもの未来に影響はあたえるのは、親自身が「どのようなプロセスで今の自分が成り立っているかを夫婦そろって明確にすること」それをお互いに自覚すること。
高みをめざすプロセスがみえはじめれば「すべきこと」がみえてくる。高みをめざせば、「すべきこと」はストイックになる。子どもの「やりたいこと・すること」とのギャップはずいぶんあったと思うが、ひとつ上のステージを考えイメージしながらやり続けた。子どもがついてこれたのは「これだけでいいよ」があったからではないか。
一つのことに集中できれば「子育てはなりうる」と信じていた。
一つでも一徹下プロセスを経て優れた自己表現できるものがあれば、なんにでも立ち向かえると思う。
まんべんなくでなくていい。
著者自身両親から「勉強しろ」といわれたことはない。
導くときにはある程度の基準で限定も必要だが、必要なら柔軟性ももつなど、自らが学ぶことが大事。
時には「人からの厳しい言動」をうけとめる免疫力も必要。耐え忍ぶ力をもつことができる。心を鍛えてあげる。父性と母性と両方の感情が必要。

コーチは「ある地点から目的地に送り届ける」という意味。子どもがどこに向かいたいのか、何をしたらいいのか、目的地はどこなのか明確にしてあげるのも、親の役割でありコーチの役割。
子ども自身の目的地を親の投げかけで明確にしてやる。

親がもっている独自の視点やとらえ方を捨て去ってはいけません。標準的と思えることや一般化されたものに対して、疑問に思うことがあるなら問い続けるべき。それは子どもの創造性をはぐくむ上ではないよりあったほうがいい。創造性があれば、前向きな何かを感じ取ることがdけい、建設的な思考で大海原の荒波を乗り切れる。
心の葛藤をあじわったら、心が揺れ動くのを、心を鍛えるためのものと感じ取り創造性に結びつけて行動を起こしましょう。


地域での多くの人に関わって、子育てがなりたった。
親子で人の顔色をうかがい、世間体を考慮して、当たらずさわらず、傷つくことを避けながら、都合よく通り過ぎてしまえば、一つのことは極められない。一般的な生活をするための社会性や協調性は、ひとつのことをやり通すことやり貫くことで学ぶことができる。親がそれを信じる。内在する子どものエネルギーをはきださせる経験が必要。
「すべきこと」「やりたいこと」のなかで、悩みぬくことが、自ら判断し、行動する基準をつくりだす。
100の知識より1の経験が大事。自らの考えで答えのないものに答えを確定する力をつけること。
一つの能力を開花される過程で犠牲にされているように見えるものでは、実は知らない間に身になり、必要とされる時には十分通用する力になっている。

親が夢中になれる姿は子どもへの大きなメッセージ。
夫婦間で趣味があわなければ、子育てそのものを共通項にすればいい。
子育ては親の学び。
子どもの指名は「親に考えさせること」、親の使命は「子の経験を奪わない」

子どもには「何のために何をするのか?」といかけて、考えさせる。わからないなかで半強制的に行動を起こさないといけない、常識では理不尽だが、彼らの「うまくなりたい」と「望むこと」に「どうつながっていくか」しか考えなかった。いわば超常識。
決断しているのは本人という意識を親やコーチが鮮明にしなければいけない。

「問いかける」→「考えさせる」のサイクルで苦しむ子供の涙をみて迷ったときは、「人目をきにしていないか?」と自分にといかけ、子どもへの愛があるかを確認してきたという。はぐくむには厳しさの必要だと。
やがて問いかけは、自分から発せられるようになる。

毎日のリフティングの課題で「課題ができたときの喜び」と「毎日続けることの重要性」「難しいことに挑む心」を感じてほしかった。
常識がかんがえられないくらい厳しかったかもしれないが、子どもたちのためになると信じてやってきた。
常識を超えて物事に取り組もうとする熱意からは、あらゆることを実現可能にしてくれる勇気ある行動が生まれてくる。きっとだれでも見つけられる。トンビは鷹を生める。

子どもを授かったら「子供と学ぼう」と心に決める。それが親自身の人生を豊かにしてくれる。
自分自身と戦うことで人を魅了することができるようになる。
他人と比較しないことで、すべきことがぶれず、自分を見つめる感覚が養われていった。
兄弟も比較しなかった。
自分らしさを創造するためには、自分自身のなかで「己」をとらえて比較する必要がある。
能動的に厳しい環境をもとめなければ上のステージへいけない。
楽な方を選ぶな、迷ったら大変だと思う未知を選べ。
手って木的にやりきった経験が「伸びしろ」につながる。
今は、ほどほどに、という子どもや親が多く不完全燃焼にみえる。
「出し切れず」苦労している選手より、「だしきること」を苦にしない選手の方が伸びしろがある。
出し切ることは、はきだすこと。

自身のサッカーコーチへの挑戦について。
未経験だからこその視点が持てると考えた。バスケットボールの体験が役立った。
迷った時期は、サッカーをはなれて自分にどうしたいか問いかけた、
長女優季のドイツリーグ挑戦のこと。未完成なじぶんに気が付いた娘。
ただ、習得した成果が大きいので、いつか埋め合わされ成長できると思う。
著者自身もドイツ一人旅で、娘の気持ちに歩み寄ることができたと思うという
子どもを挑ませるなら親も挑まないといけない。
挑みつづけることが人としての幸せであると気づかせてくれたのも子育て。


創意工夫を生むためには
工夫が必要な環境に身を置かせる。忙しい生活のなかで学校の課題をこなすなど、親はあえてきかなかった。
経験させることでしか、必要なことは体得できない。
子どもへの厳しさは自分への厳しさ。お互いになれあえば先へすすめない。
うまくいくときもあれば嵐のときもある。親にも永遠の創意工夫が必要。

子どもの楽しい=意志を感じ取る。
楽しさを発見する経験が「挑むこと」「高みをめざすこと」に重要な役割を果たす。
難しさや大変さの中に「真の楽しさ」が隠れている。楽しさの鞍替えでは「真の楽しさ」は味わえない。
「楽しさを発見する」能力があるかみて、なければ「楽しさとは何か」を感じさせ、考えさせることから始めましょう。楽しさへの導きは、多くを与えず、楽しいと感じる要求にこたえる、何度も繰り返す」こと。
できないことができるようになる楽しさ=無から有を生む楽しさ、難しいやりがいのある楽しさを狙わせる。やり続けるためには、自分自身の変化や進化を意識させ気づかせる。気づきのきっかけを与える、気付きがないと理性は見ざめる。いつまでたっても自分で決められないのは、自ら判断して行動を起こす機会を経験してこなかったから。
自らの可能性を高めたければ、自分できめて行動するしかないと、早い時期から子どもに感じさせること。
自立するまでは、子どもが考えた言葉で答えなければならない質問をなげかける。答えが正解かどうかはともかく、かれらが自分で物事を判断選択する糧になればよい。
問いかけることで自らも成長する。

一つのことに入り込むことで、物事の深みを知る。一つのことを徹底的に繰り返すうちに、単純なことでもあきないすべをみにつけてきた。持続力と忍耐力が養われた。
情報の多い時代だから、多くのことに興味をもって浅くなってしまう「あまりよくない子どもの環境」がある。うまくいないなら、次はコレとやっている間に社会人になり、準備できない、面白さが感じられない人間が育っているような気がする。

結果はプロセスの一部。
善い結果は、自分たちの思いを基本に、今を正直に貫くことでしか生まれない。これまでの試練と積み重ねが今の我が家を形成している。
家族によって課題は千差万別で乗り越える方法も違う。
親子で考える視点をあわせる「空間と時間」をつくる工夫を、親が意識して作る工夫と努力を幼いころからしてほしい。
共感し理解しあう感覚が磨かれるのは言葉や行動だけでなく、雰囲気や音、肌触りなどである。継続的にやり続けてほしい。
どんな結果もプロセスの一部であると考えれば、自分の気持ち次第でまた前をむいて進んでいける。

プロセスの栄養剤、美智子さんのこと。

子どもに無理に答えを求めると、子どもが経験から感じたことを無視したりきにかけなくなってしまう。かならず感じたことがあるはずで、それが進むべき方向のヒントになる。正否はともかく、自分が感じたことを考えさせる。
知識や経験を通して、自分の考えを表にだしながら「自分の言葉」を作り上げていくことは重要で思考の基本。「どう感じて、どう思ったのか」聞き取るプロセスが大切。
知識と経験なら経験が優先されるべき。
行動のよしあしではなく、公道をとることそのものに本質がある。

今の社会は何もかも与えられることで探し求める感覚をなくしやすい。
親は子供に与えすぎず、求めすぎないこと。感謝できない子どもになってしまう。
親子でよいところは認め合おう。



常識を超えれば夢は叶う: 問いかけ、気づかせ、導くコーチング

常識を超えれば夢は叶う: 問いかけ、気づかせ、導くコーチング

  • 作者: 永里正彦
  • 出版社/メーカー: 出版芸術社
  • 発売日: 2013/03/27
  • メディア: 単行本



タグ:永里正彦
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