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砂漠の女ディリー [雑学]

スーパーモデル、ワリス・デイリーの自伝。

ソマリアの砂漠に遊牧民として生まれたワリスは、13歳でラクダ5頭と引き換えに老人と結婚させられそうになり逃げだした。
叔母のいるモガデシュになんとかたどり着き、親戚を頼って暮らしていたところ、ソマリアの英国大使の家のメイドとしてイギリスに渡る。叔母が大使の妻だったのだ。
大使一家が帰国した時、一人イギリスにもどり、マクドナルドで働いていたところを写真家に見いだされてモデルになった。
国籍の問題を抱えながらも、アメリカにわたりスーパーモデルとなった。
イスラム教の風習である割礼についての問題提起と廃絶を訴えており、国連特別大使ともなった。自身も割礼によって長い間苦しんだ。

父親は遊牧民。母親は都市部の裕福な家の出身。
母の実家に反対されて、二人はかけおちのように結婚。
母はたくさんの子どもを産み育てていた、強い美しい人だったこと。
父親は砂漠で生きる知恵にたけた人で、非常にハンサムであったこと、子どもたちを愛していたこと。一方で若い女性を新しい妻として迎えてもいた。
結局、若い女性は砂漠での生活に耐えられず5人の子どもを残して逃げたらしい。
その子どもたちはワリスの母が面倒をみていることが最後に語られている。
ワリスは母親に一緒に暮らそうというが、母親は家族といると砂漠に帰っていくシーンがある。

ワリスが砂漠の、遊牧民の生活を愛していたこと。
与えられた仕事ができなければ死ぬような極限の生活ではあったが、シンプルでわかりやすく、力強い。生きるリアルを感じる。
軍事政権下で軍が砂漠に現れ、水を探すのに遠回りしたりする描写もある。しかし全体として社会体制が生活に与えた影響はほとんど描写なかったと思う。

割礼について、大人の女になる儀式として楽しみにしていたこと、でも現実は恐ろしいものだったこと。不十分な衛生状態で行われるため命を落とす女の子もいる。
大きくなるにつれて、女は男の所有物で結婚しなければ生きて行けず、自由にふるまうこともできないとわかりはじめ、結婚の話を機会にワリスは家出。
母親は黙っていてくれた。
割礼の影響でトイレにすごく時間がかかり生理のたびに激痛に襲われていた。
イギリスで医者にみてもらい、再手術をすすめられたが、大使夫人が許してくれなかったので、一人で残ってから手術をうけ、状態はとてもよくなった。
息子も生まれている。

母親の姉妹がいるモガシュをめざしたが、どこだかもわからず、乗せてもらったトラックの男に乱暴されそうになったり、砂漠で遊牧民のラクダの乳を盗み飲みしてムチで追いかけられたりしながら、運よくモガシュにたどり着く。
都市でもだまされて売られそうになったり、本当によく無事だったなと思う。

最初は自分の姉をさがしあてて世話になるが、家の仕事をすれば置いてくれるが、どこも長い間はいられない。母の親戚を頼って複数の家を渡り歩いていたとき、母の妹が嫁いでいるソマリアのイギリス大使が、イギリスの家で使うメイドを探していると知り、頼み込んで連れて行ってもらうことにする。

しかし、一人で飛行機に乗せられ、もらったソマリアのパスポートには18歳と書いてあり、いろいろ問題はあったようだ。なんとかイギリスの大使の家に到着。
しかし、待っていたのは1日も休みのないメイド生活だった。学校にもやってもらえず(内緒でいってとても怒られた)、そこの家の息子に襲われそうになったり(友達になった娘の協力で撃退)していた。
このころ、モデルをやっているという女の子をみかけて「自分もモデルになりたい」と漠然と思ったらしい。

大使一家が帰国するときパスポートを亡くしたと主張して残ることに成功したが、なんのあてもなくトランク一つで家をでた、その足で洋服を買いにいって結局なにも買わず、知り合った女性ハルウにYMCAに連れて行ってもらい、そこに住んでマクドナルドで不法就労していた。

メイドだったときからワリスをみかけて写真を撮りたがっていた写真家がいたのだが、英語のできるハルウに通訳してもらうまで、ワリスは不審者と思っていたのだ。
話がわかったので、写真をとってもらうとそれがエージェンシーの目にとまり、モデルの仕事をすることになる。
しかしピレリのカレンダーといわれいくと上半身ヌードといわれて逃げ出したり、オーデイションに現れなかったり、主に英語が通じなかったせいで、いろいろあった。
ピレリのカレンダーは大きな仕事で、このときバースでナオミ・キャンベルと同室だった。
そのご映画007のボンド・ガールに選ばれたり(勝手に金髪にしてエージェントに叱られた)したが、そのごあまり仕事はなかった。
イギリスではアフリカ系のモデルはあまり需要がないと本人は書いている。

国外に行きたくてもワリスにはパスポートがない。
(007の撮影は国外だったので、友達のパスポートを使って出国している。危ない話だ)
思い悩んでいた彼女は、二千ポンド払ってアイルランド人の老人と結婚してパスポートを作ってもらうという話にのったが、移民局はみとめず、ソマリアに強制送還されそうになる。そのときイギリス人の環境運動をしていた男性が結婚を申し込み、ワリスは迷ったが生きるためと結婚した。あくまでパスポートを得るためのものだったが、相手は徐々に本当の結婚と主張しはじめ、働かなくなった。

ワリスは彼をおいてニューヨークでモデルとして成功するが、ときどき現れては、彼女を悩ませた。ワリスがのちにほかの男性と結婚したいと離婚を求めたときも、突き飛ばされたり(妊娠中だった)と危ないところだった。
息子は相手の男性の実家で産んだ。息子がうまれて、それまで小さなことを不満に思っていたと気が付いたと書かれている。

モデルの仕事については、ファッションショーが一番すきで、向いているといっている。
ショーをおいかけて移動する生活が好きだとも。
オーデイションをうけまくり、最初はおとされると落ち込んだりしたけど、相手の欲しいのが自分の容姿ではなかっただけと、さっぱり忘れることができるようになったという。
業界にはよい人も悪い人もいるし、撮影の条件が悪いこともある。
そんなことがさらっとかかれていた。

BBCのドキュメンタリーでワリスの人生がとりあげられ、母親を探してくれることになったので、母親と弟と再会をはたす。父親は留守であえなかった。

そうして母になって、あらためて割礼によって苦しむ女性のことを考え、あるインタビューで自分の過去を明かした。
批判や恥ずかしさはあったが、割礼に正しさがあるとは思えなかった。
マリ・クレールに掲載されたこのインタビューは大きな波紋をよび、国連が動き、ワリスは国連特別大使になり、女子割礼廃絶の闘いが始まる。

ワリスはアフリカで育ち自分が自然の一部だと感じられることに感謝している。アフリカを好きだという。
そしてアメリカではみながお金がない、時間がないというが、平和があり健康があることが幸せだという。

また、割礼をうけていても父も母も恨んでいない。
メイドをしていたときのことも、親戚の家をたらしまわしにされたことも、それぞれ仕方なかったと回想している。
ワリスは思ったこと、したいことを隠さないので、そこそこ軋轢はあったようだけど、相手を恨む気持ちはないようだ。みな、自分のやるべきことをやっているというような割り切りを感じる。

そして、アフリカの女性に強くなってもらうために女子割礼廃絶にむけて取り組みたいと結んでいた。



砂漠の女ディリー

砂漠の女ディリー

  • 作者: ワリス ディリー
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 単行本



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