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人間なんて知らないよ [小説]

1972年から母の友に連載されたものに手を加えたもの。挿絵は長新太さん。
動物からみた人間たちの、ばかばかしさ?をかいたものなんじゃないかなあ。(主観)

第1話 ナマケモノ
ナマケモノは南アメリカのジャングルにいる。
ナマケモノは目も耳もあまりきかず、わかるのは臭いくらい。
生きているのか死んでいるのか自分でもわからない。

人間はナマケモノを観察しようとしても、あまりに動かないので我慢できない。
ようやく木の枝の中からみわけても、ほとんど動かない。
捕まえようと木から落として、1匹を動物園に連れていく。
川に落ちたり、傷ついたりしたのは見捨ててきた。

落ちたナマケモノは長い時間をかけて木に戻る。
動物園のナマケモノはいままでどおりに木にぶら下がってくらす。

人間たちは速すぎて彼らには見えない。
彼らは今日も上機嫌で緑色の夢のなかにいるのだ。


第2話 リョコウバト
あなたのおじいさんが小さな男の子だったころ、北アメリカの動物園のすみっこに一羽のハトが大事そうに折におさめられていた。
「マーサ」と名付けられた、そのハトは、最後のリョコウバトだった。
100年ばかり前に、40億いたリョウコウバトの最後の一羽だという。

インディアンのおじいさんによると、リョコウバトが木になっていて、空をとぶと絨毯のようだった。
だから食べ物に不自由したことがなかった。
木にとまりきないハトが押しつぶされて死んだのをインディアンたちは食べたが、ハトは一向にへらなかった。
木はすっぱだかになったが、森もゆとりがあって、なくなることはなかった。

ある男が懐中時計でハトが飛んでいる下をかけぬける時間を測った数を数えようとしたが、日が暮れるまでやってもハトの絨毯はおわらなかった。

海を渡ってやってきた白い人間がインディアンを追い払い、ハトを食べ始めた。
自分たちが食べ飽きると、召使いや奴隷、さらにブタに食べさせた。
銃で殺すのももったいなくなり、木に火をつけてハトを殺してとるようになった。
やがて森は焼き尽くされ、ハトたちはヒナをかえせなくなって、絨毯はみるみるうちにほころんで、気が付けば、たった7羽になっていた。
7羽は大事に動物園に収められた。

マーサは1914年9月1日に死んだが、世の中の人は第一次世界大戦がはじまったのを気をとられていた。
はく製にされたマーサおばさんは博物館で、ガラスの目で「人間なんて知らないよ」と見物人を眺めている。
あれから、もう一つ大戦があったが死んだ人間の数は40億には及ばない。


第3話 シャミセンガイ
飲み屋でシャミセンガイを食べながら、3人の男が話している。
一人は爺さんで、シャミセンガイは海岸にいっぱいいたが、埋め立てでいなくなったという。
一人はとうさんで、じいさんの話を「そうですか」と聞いている。
一人はシャミセンガイは、貝じゃなく、腕足類の職種動物リングラ科の生き物で、5億年前からほとんど姿は変わっていないという。

シャミセンガイは、三味線ににている。
砂の中で、大陸からいろんな動物がきたり、船がきたり、人間が海を汚すのを、ただ見てきた。
5億年の歴史を持つかれらにしたら、人間は若すぎる生き物で、意識もされていないに違いない。


第4話 コロティス
コロティスはアフリカの珍しい蝶の名前。

京都にすむ、腕のよい歯医者さんである高岡さん50歳、蝶の採集が趣味だ。
休みをとってアフリカのサバンナまで蝶を取りに来るほどだ。

毒蛇の危険をおかして、バナナの罠をかけたりして苦労して蝶を集める。
そうしてとった蝶は何十もの桐箱に収められる。
深夜になると高岡さんはそれを楽しんでいた。

ある日、高岡さんは交通事故で死んでしまった。
桐箱は忘れられていたが、ある日奥さんが思い出して桐箱をあけてみると、ピンだけになり、蝶は粉ばかりになっていた。
熱さにまどを開けると、その粉さえも飛んで行ってしまった。


第5話 ホタテクラゲ
みちよは、おばあさんとおじいさんにお話をおねだりする。
二人が別々に話してくれたのは、どちらもホタテクラゲのことだった。

おばあさんの話
湖のほとりで魚をとって暮らしていたじいさんが女の子を拾ってきた。
女の子が年頃になったので、婿をとろうとしたが、だれもきてくれないので月夜に湖に現れるホタテクラゲの群れにたのんだら、婿がもらえた。
娘は湖を離れて暮らしたが、婿が外国にいっているとき、一度だけ湖に戻ってホタテクラゲに願い事をした。

おじいさんの話
兵隊としてニューギニアに送られ、アメリカ軍に追い詰められ、死ぬのを待つばかりになった。
負傷したので本土に戻ることになったが、迎えの船はいつもアメリカ軍に沈められている。
あきらめて海岸で船を待つと、なんと来たのは潜水艦だった。
島を離れたものの、空気をいれかえるため浮上するときは危険が伴う。
潜水艦が浮上すると海面に一面のホタテクラゲだった。
敵の飛行機が来た時も、ホタテクラゲの下に隠れてみつからず、日本に帰ることができた。
でも、だれも信じてくれない。

みちよの感想は「やさしいクラゲさんだったのね」


第6話 インドリ
400年前に、マダカスカル島には海賊がいた。
林のなかから、おかしなこだまのような声がして、それを聞くと海賊たちは気がめいったり、おびえたりする。
村のひとたちはマンボマナラ=森の犬だから、捕まえられないというが、義足の海賊のボスは賞金をかけて捕まえようとする。
そして自分で出かけて行って帰ってこなかった。
それでも、あとから新しい海賊たちがやってくる。人間に似た姿のインドリ(多分マンボマナラのこと)は彼らをじっとみている。あきると仲間のところに帰って木の葉をゆっくり、楽しんで食べる。
いつか、海賊はこなくなった。

しばらくするとソラネート先生がやってきた。熱心に珍獣(インドリたちのこと)を探したが、みつからない。
面白がったインドリの一人が姿をみせてもみつけられず、土地の人に教えてもらう始末。
先生は国にかえってインドリのことを報告したが、幸いたいした関心はもたれなかった。

土地の人は、インドリはご先祖様の一人で、働くより考える方がすきで森にはいった人くらいに考えている、探そうとも思わない。

ある日、ニッポンのだんなたちが木をきりだそうとやってきた。土地のものが止めるのもきかず、インドリたちの木を切ろうとして森からでられなくなった。案内人も戻れなかった。
一人だけ戻れたニッポンの旦那は、インドリを天狗といった、天狗が13人いたと。
土地の長老は、マンボマナラが嵐をおこして、ニッポンの旦那を追い払ったとうれしそうだ、若い者は半信半疑だが。

インドリたちはお気に入りの森のすみで、今日も楽しく暮らしている。白人が彼らをみつけるのにあ1500年かかった。できれば捕まえるのに1500年かかるといいが。


第7話 イルカ
中学2年のプラ・モデルきちがいの明君は、生まれて初めての空想科学小説を書いていた。

それによると人間は5年前に水中発射長距離ミサイルを誤発射したのが原因でミサイルのおとしあいで、北極の氷山がとけ、ほろんだらしい。
イルカたちは以前から高い知能をもっていたが、それを人間に悟られないように巧妙にたちまわっていた。
一部のイルカは人間と仲良くして、彼らの言語や文化を仲間に伝えた。
イルカたちの間では、人間が核爆弾の実験をしてからは、彼らの文明があまり長くないとみられており、人間がほろんだあとは彼らの文明に学んで、新しいイルカ語も開発され、アトランティスやムーといった遺跡から学び、エサの魚群を養殖し、地球の支配者になっていた。
学校ではイルカの子どもたちが、イルカと人間の歴史を学び、必要以上に人間にやさしくするのは危険だと教えている。

そんな小説を書き終ると、妹の恭子ちゃんが、今日の晩御飯はクジラの焼肉がどっさりだと教えに来る。


第8話 ナマズ
小学5年生のヒロシの家は共働きです。
家に帰っても誰もいなくて、テレビをみていると、麦わら帽子の男の子がナマズを釣ろうとしています。
ヒロシはつまらなくなってチャンネルを回しますが、でてくるのは中学生や小学生の歌手ばかり、笑顔で悲しい歌をうたっています。
おやつを食べてしまったヒロシは公園に向かいます。公園では映画のロケをしていて、なかなかいられる場所がありません。撮影がはじめり女の子と男の子が演技あいますが、ヒロシは学芸会より下手だなとおもっています。そして学芸会では長谷川先生が面倒見てくれただけだけど、ここでは大勢の大人がうごきまわっているなと思います。
と、男の子のほうが滑り台からすべりおちて休憩になりました。
男の子と女の子は、ステージ・パパとママに話しかけています。

ヒロシは散髪屋に行くようにいわれていたのを思い出してそこを離れます。
散髪屋で雑誌をみながら、彼らは中学生なのに周りの大人を食べさせていると思うのでした。
「子どもを食べている大人」という言葉をおもいつきます。

帰っても、まだ誰もいませんでしたテレビをみるとナマズの父さんが、子どもを外敵から守るために口にいれること、でも食いしん坊なので、やがて子供を食べてしまいたくなることをやっています。みているとナマズの父さんは、子どもたちを口にいれる代わりに追い払い、食べないように急いで去っていくのでした。
ヒロシはテレビをつけっぱなしにして家をでます。

帰ってきた母さんは心配して、自分もテレビをつけっぱなしにして探しに行きます。
やっとみつけたヒロシは父さんとのんきにナマズの話をして「ナマズのようにいこうよ、父さん」なんていっています。
母さんは二人を驚かすと、3人で家に帰ります。

ヒロシは「ふたりともちゃんと働いてくれて、いいなあ」と思うのでした。


第9話 ユキコボシ
図工の時間にあきこは、モザイクタイルで花をつくってみようとします。
しかし、丁寧にタイルを砕きすぎてしまい、タイルが細かくなって貼り付けが大変になり、はかどりません。
家にもって帰って夢中になってやっていると、いつもは遊んでくれる姉を取られたと思った弟がタイルを盗んでしまい、花は完成しませんでした。でもかえって、白い小さな花が無数に咲いているように見えてきれいになりました。

この作品をみた先生が、故郷のユキコボシの話をしてくれました。
兄たちに連れられて山奥にはいったとき、偶然みたこと。もって帰ろうとしるとかれてしまうことを兄からきいたこと。
その兄も戦争にいって帰らなかったこと。
自分が大きくなってから、もう一度いってみたら、ユキコボシは咲いていたけど、持って帰るとやはり枯れてしまったこと。
山に道路ができて森がなくなってしまったこと。

先生はあきこに、「自分なら見つけられると思っているかもしれないけど、いまじゃ、もっとダメ」と話す。
あきこは家で図鑑を探してみたが、そんな花はみつからず、目をつぶって心の中にユキコボシの風景を思い描くだけだった。


第10話 オキアンコウ
かなえちゃんとのぶくんは幼馴染です。でも最近はかなえちゃんの方が大きくなってしまいました。のぶくんはかなえちゃんがまぶしくて声がかけられません。でも二人とも相手と遊びたいんです。
4年生の女の子が花いちもんめをして遊んでいると、バレーボールが飛んできます。
ボールを追いかけて現れた太田君が謝らないので女の子たちはいじわるしてボールを返そうとしません。
太田君は怒って行ってしまい、女の子たちも、けちがついたとどこかへいってしまいます。
一人残ったみどりちゃんは、太田君の家にボールを届けてあげて、あとから戻った太田君は態度はつっけんどんでもボールを大切そうにもって部屋へ戻るのでした。
暗い神社に男の人と女の人がいます、やがて女の人が立ち去り、だいぶたってから男の人が反対方向へでていきました。

石川先生はシダの分類が仕事ですが、今は翻訳をやっています。
昔は貧乏で、奥さんは出ていってしまいました。
そのあと、頼まれた翻訳があたってお金持ちになりましたが、一緒に使いたい相手がいなくなって、使い道もなく、シダの本を出すのに使ってしまいました。
それからは翻訳の仕事が続き、意地のように専門外の翻訳をしているのです。

先生が訳したのは1500mの深海で暮らすオキアンコウのことでした。
わかれたら同じ仲間に再開できるのが難しい彼らは、まだ子供のうちに相手をみつけます。
男の子が女の子をしっかりとくわえ続け、いつか女の子のおなかにすっぽりくるまって自分の形をなくしてしまいます。
こうして一体となって生きていき、自分たちが父さん母さんになったときは、子どもたちが同じことをするのです。

先生は光のない世界にも、こうした出会いの暖かいぬくもりのようなことがあるものだといいます。
オキアンコウは自分たちのことを翻訳している人間がいるなんて知りもせず、ましてオキアンコウと自分の人生をひきくらべているなんて思いもせず、今日も暗闇を生きているのです。


第11話 フクロムシ
かっちゃんたちは、潮溜まりでカニを捕まえて、カニ相撲をとらせて遊ぶのが好きだった。
ある日、かっちゃんは強いカニを捕まえて「横綱」と名付け、連れて帰る。
それを見たじいちゃが、横綱の腹の模様から「フクロムシ」という虫がついていると教えてくれる。
かっちゃんは、あまりいい気はしなかった。
1週間後に横綱は死んで、かっちゃんは潮溜まりに返してやった。
次のに見に行くと腹の模様が消えていて、じいちゃは新しい体を探しにいったかなといった。

そのころ、町工場が村へやってきた。
ビニールをつくる化学工場だった、漁師ばかりだった村の人たちのなかから工場へ勤めにでるものが増えていく。
その年の夏は村長さんの家に大きなこいのぼりを建てるのを手伝い、浜でカニ相撲もできた。
しかし冬には町工場の親工場がくることになり、大きなトラックがたくさんくるようになった。
あみもとの何件かと村長さんの家が遠くへ引越し、村の半分が工場になり、かっちゃんたちは浜に近づけなくなった。
かっちゃんの兄も工場へ行くようになった。
じいちゃととうちゃは次第に不機嫌になっていく。
それでもカニはかっちゃんの家まであがってきてくれた。

工場の煙突の色をみて、かっちゃんは横綱のまわしのフクロムシを思いついた。
そして工場を「とんだ、フクロムシだな」といって「おれ、しらねえぞ」と心でうそぶいて、小さなカニのように歩き出した。


最終話 アカンボウ
ぼくちゃんは、おとなしい赤ん坊でした。
生まれたときもほとんど泣かなくて、お医者さんはぶら下げたりしてやった産声をあげさせたのです。
家に帰っても寝てばかりいるので、お父さんは起きているがみたいといい、お母さんも楽だけどだんだん物足りなくなってきました。
そんなとき、お父さんは事故で亡くなりました。
お母さんのくれるミルクはだんだん薄くなり、ある日家から連れ出され、冷たくて暗いところいれられました。

コインロッカーで赤ん坊を見つけたおばあさんは、戦争で亡くした息子の生まれ変わりだといって、ぼくちゃんを家に連れて帰り、おじいさんと育てました。100年以上たっている古い家でした。
みんなには、親が死んだので親戚の子をもらったといいました。
ノブという名前(死んだ息子の名前です)をもらったぼくちゃんは、幸せに大きくなりました。

ノブくんの4つの誕生祝にじいちゃんはアヒルをくれました。
それが卵を産みました。ひとつだけ孵らなかったので、ノブ君が見守っているとヒナが生まれましたが、ノブ君のことを親だと刷り込んでしまったみたいです。それをきいたノブ君は、「いいよ」というのでした。

人気のない村でおじいさんとおばあさんと暮らすノブ君はとても幸せでした。


おしまいに
ロンドン動物園の出口には大きな丸鏡が立ててあって、そこに「世界一の猛獣」と札がついているそうです。
大人もこどもも、その札と自分の姿をみて、苦笑いして出ていくそうです。



タグ:今江祥智
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